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東京地方裁判所 平成10年(ワ)1141号 判決 2000年9月28日

原告

有限会社ソルクスデザインアソシエイツ

右代表者代表取締役

原告

右原告ら訴訟代理人弁護士

関根稔

被告

株式会社セガ・エンタープライゼス

右代表者代表取締役

右被告訴訟代理人弁護士

近藤惠嗣

同訴訟復代理人弁護士

柳誠一郎

主文

一  被告は、原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツに対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツのその余の請求及び原告Aの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告Aに生じた費用と被告に生じた費用の二分の一を同原告の負担とし、原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツに生じた費用の二分の一と被告に生じた費用の四分の一を同原告の負担とし、その余の費用を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  原告A

被告は、原告Aに対し、五億円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツ

被告は、原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツに対し、五億円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らがそれぞれ、原告Aがした発明の特許を受ける権利を被告に譲渡したと主張して、被告に対し、その代金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告有限会社ソルクスデザインアソシエイツ(以下「原告ソルクス」という。)は、工業デザインを専門とする会社であり、原告Aは、同社の代表取締役である。被告は、ゲーム機器のハードウェア及びソフトウェアを販売する会社である。

2  原告Aは、平成四年六月ころ、3(一)記載の特許権に係る発明(以下「本件発明」という。)を完成させた。

3  被告は、次の特許権を有しており、公開特許公報における発明者の記載は次のようになっている(以下、右の特許権及び当該特許を受ける権利を「(一)の特許権」「(一)の特許を受ける権利」のようにいう。)。

(一) 特許番号 第二六三八三九五号

発明の名称 コントロールキー装置

出願年月日 平成四年六月三〇日

特許権者 被告

発明者 原告A

同 C

(二) 特許番号 第二六六〇八九二号

発明の名称 コントロールキー装置

出願年月日 平成四年一一月一九日

特許権者 被告

発明者 C

4  被告は、本件発明の特許を受ける権利を、右3(一)の特許出願をする時点で、原告ソルクスから譲り受けた(原告ソルクスと被告との間で争いがない)。

二  争点

1  原告Aが(二)の特許権に係る発明の発明者であり、原告ソルクス又は原告Aが、被告に、(二)の特許を受ける権利を譲渡したか。

2  (一)の特許を受ける権利又は(一)(二)双方の特許を受ける権利の譲渡の対価

三  当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 原告Aの主張

(1) 原告Aは、平成四年六月ころ、本件発明及び(二)の特許権に係る発明(以下、これらを併せて「本件各発明」ということがある。)を完成させた。

(2) 同原告は、同じころ、本件各発明について、特許を受ける権利を被告に譲渡し、対価はロイヤリティにした方がよいとの被告担当者のアドバイスを受け、その譲渡の対価をロイヤリティとするよう被告に申し入れた。

(3) 本件各発明はメガドライブ2というゲーム機に使用されることが予定されていたところ、その販売予定数量は一八〇〇万台、あるいは二〇〇〇万台から三〇〇〇万台と予定され、その一台当たりの販売価格は二四八〇円となっているところ、類似商品についての標準的な実施料率は二パーセントであるから、本件各発明についての譲渡の対価は、少なくとも一〇億円を下回らないと予想された。

(4) 被告は、同原告から右申出を受け、それが莫大な金額になることから、同年八月末ころ、同原告と話し合い、同原告が(一)(二)の特許を受ける権利の譲渡の対価としてロイヤリティを請求していることを確認したうえで、本件各発明を実施することにより、同原告との間で、将来のロイヤリティの額として予想された金額に相当する一〇億円を対価として(一)(二)の特許を受ける権利の譲渡を受ける旨の明示又は黙示の合意をした。

(5) 仮に、(一)(二)の特許を受ける権利についての譲渡契約が成立していないとすれば、右各特許権は同原告に帰属するので、同原告は、特許法一〇二条により、同条記載の損害賠償請求権として前項記載の金員の請求権を有する。

(6) よって、同原告は、被告に対し、右各特許を受ける権利の譲渡代金(予備的に損害賠償金)として、一〇億円のうち五億円と、譲渡代金について合意が成立した日である平成四年八月末日以降の日である平成五年一月一日(予備的にその支払を請求する内容証明郵便が到達した日の翌日である平成九年四月二三日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員(利息又は遅延損害金)の支払を求める。

(二) 原告ソルクスの主張

(1) 原告ソルクスの代表取締役であった原告Aは、平成四年六月ころ、職務発明として、主にゲーム機に使用される本件各発明を完成させた。

(2) 原告ソルクスは、取締役又は従業員が職務発明をした場合には、その発明について特許を受ける権利を原告ソルクスが取得するとの社内規定に基づき、(一)(二)の特許を受ける権利を原告Aから取得したうえで、平成四年六月ころに、被告に対し右各権利を譲渡した。その際、原告ソルクスは、対価はロイヤリティにした方がよいとの被告担当者のアドバイスを受け、その譲渡の対価をロイヤリティとするよう被告に申し入れた。

(3) 本件各発明はメガドライブ2というゲーム機に使用されるものと予定されていたが、その販売予定数量は一八〇〇万台、あるいは二〇〇〇万台から三〇〇〇万台と予定され、その一台当たりの販売価格は二四八〇円となっているところ、類似商品についての標準的な実施料率は二パーセントであるから、本件各発明についての譲渡の対価は、少なくとも一〇億円を下回らないと予想された。

(4) 被告は、原告ソルクスから右申出を受け、それが莫大な金額になることから、同年八月末ころ、同原告と話し合い、同原告が(一)(二)の特許を受ける権利の譲渡の対価としてロイヤリティを請求していることを確認したうえで、本件各発明を実施することにより、同原告との間で、将来のロイヤリティの額として予想された金額に相当する一〇億円を対価として(一)(二)の特許を受ける権利の譲渡を受ける旨の明示又は黙示の合意をした。

(5) よって、同原告は、被告に対し、本件各特許を受ける権利の譲渡代金として、一〇億円のうち五億円と、譲渡代金について合意が成立した日である平成四年八月末日以降の日である平成五年一月一日(予備的にその支払を請求する内容証明郵便が到達した日の翌日である平成九年四月二三日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員(利息又は遅延損害金)の支払を求める。

2  被告の主張

(一) 本件発明の発明者は原告Aであるが、(二)の特許権にかかる発明の発明者は同原告ではない。右発明は本件発明と異なり、コントロールキーのキートップ部分とドーム部の間に隙間を設けた点に特徴があるが、被告の従業員Cと、被告の下請業者株式会社スギヤマエレクトロン(以下「スギヤマエレクトロン」という。)のDが共同開発したものである。なお、(一)の特許権の出願については、出願後の補正によって、隙間のあるドーム型と隙間のないドーム型を包含する「隙間の有無を問わないドーム型」の出願が認められたために、(一)の特許権の技術的範囲は、(二)の特許権の技術的範囲をも包含する結果となっているものである。しかし、この事実は、原告Aが隙間のあるドーム型の発明者でないという事実に影響するものでない。

(二) 被告は、原告Aから、本件各特許を受ける権利を譲り受けたことはない。

平成四年六月二二日ころから三〇日までの間に、原告ソルクスの代表者であった原告Aと被告との間で、被告が(一)の特許権の特許出願を行うことを合意したことは認めるが、右合意に当たり、将来の売上高、販売台数等を基礎として特許を受ける権利の譲渡代金を決定する旨の合意が、原告ソルクスと被告との間で成立したことはない。同原告と被告との間で、販売予定台数等について話し合われた事実は一切なく、原告ソルクスの代表者である原告Aも右合意の成立前には、被告製品の販売予定台数についての見通しを何も持っていなかった。したがって、将来の売上高や販売台数等を基礎として譲渡代金を決定するという合意が成立する余地はなかった。譲渡代金についての明示的な合意は一切成立していない。もっとも、このことは、譲渡代金についての合意が全くなかったことを意味するのでなく、右譲渡には通常の取引条件が適用されることが黙示的に合意されたのである。

(三) この通常の取引条件とは、次のようなものである。すなわち、原告ソルクスと被告との間には継続的な取引が存在し、同一条件での取引が反復したことにより、同原告と被告との間には以下の内容の基本的取引条件が合意されていた。

(1) 被告の注文により、同原告は、被告の製品(ゲーム用コントローラを含む。)に使用するデザインを開発、製作する。

(2) 右開発、製作の報酬は、同原告から被告に対して提出される見積りを被告が承認することによって決定され、被告が承認した金額が同原告に対して支払われる。

(3) 同原告が開発、製作したデザインについての工業所有権の出願は被告の名において行う。

なお、同原告の行うデザインから生ずる工業所有権は意匠権であることが通常であったが、同原告の開発、製作の成果が意匠の創作であるか、実用新案の考案であるか、発明であるかによって、工業所有権の帰属に区別を設けるとの合意は存在しなかった(当時、特許法四六条二項の規定により意匠登録出願が特許出願に変更になった事例はなかったが、仮にそのような事例があったとしても、特別な取扱いはされなかったはずである。)。

(四) 右のようにして、遅くとも平成四年六月三〇日までに前記(二)の合意が成立し、その合意は、その後撤回・変更されることがなかった。

前記合意の成立後、平成四年七月ころ以降に、原告Aが、被告開発設計部機構設計課課長E(以下「E」という。)に対して、「ロイヤリティをもらいたい」旨の発言をしたことがあったが、同原告がロイヤリティに言及したのはこの時が初めてであった。そこで、その後、被告から、被告の単独出願を原告ソルクスとの共同出願に変更し、同原告に権利の半分を与える内容の契約書案が提示されたり、Eによって、同原告と被告の知的財産権担当責任者であったFとの会談が設定されたりした。当時、被告としては、被告の単独出願を原告ソルクスとの共同出願に変更し、同原告に権利の半分を与えることにより、同原告に対する前記報酬の支払に代えることを意図していた。しかし、同原告が出願費用の半分を負担することを嫌ったこと、名目的に権利の半分を得ても同原告に実質的な利益がないことなどから、同原告の同意は得られなかった。一方、同原告からも前記合意を変更する具体案の提案はなかった。したがって、前記基本的取引条件によって定まる報酬をもって同原告による本件開発、製作に対する報酬とするという黙示の合意は撤回も変更もされなかった。

(五) その後原告ソルクスから被告に対する報酬請求はされなかったので、Eは、同原告に、現実に出費した費用の明細の提出を求めたところ、同原告からEに「ドームタイプコントロールキー装置開発について」と題する文書が送付されてきた。同書の末尾に記載されている金額には「アイデア考案(四名)¥3、024、000」という金額が含まれている。これは狭い意味の実費や現実に費やされた時間に対する報酬ではなく、実質的にアイデア料そのものである。Eが実費の明細を求めたのに、原告ソルクスがあえてその要請を超えて「アイデア考案」を請求項目に含めた書面を送付したのだから、同原告は、右書面に記載する内容を自発的に決定したものであり、当時原告らが右書面に記載された金額以上の支払を受けることを意図していなかったことが明らかである。したがって、原告ソルクスが被告に請求できる金額は右書面記載の四五四万四四〇〇円を超えることはなく、同原告の右金額を超える請求は棄却されるべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件における事実関係

証拠(甲一ないし四、甲七の一ないし四、甲八の一ないし四、甲九ないし一一の各一及び二、甲一三の一ないし五、甲一七ないし一九、二一ないし二四、二六、三〇、三二、乙一ないし三、四の一及び二、乙六、七の一ないし三、乙八並びに九の各一及び二、乙一一、一二ないし一四、検甲一ないし三、検乙一、証人E、同G、同F、原告本人兼原告代表者本人)、弁論の全趣旨、前記争いのない事実によれば、以下の事実が認められる。

1  (一)の特許の出願まで

(一) 原告ソルクスは、工業デザインを専門とする会社であり、原告Aは、同社の設立以来現在に至るまで、同社の代表取締役を務めている。被告は、ゲーム機器のハードウェア及びソフトウェアを販売する会社である。原告ソルクスと被告との間には、本件発明以前の昭和六〇年ころから継続的に取引関係があり、同原告は、被告製品のデザインを請け負っていた。両社の間では、基本的取引契約書は取り交わされていなかったが、おおむね同一条件での取引が反復したことにより、原告ソルクスと被告との間には以下のような内容の基本的取引条件が合意されていた。

(1) 被告の注文により、同原告は、被告の製品に使用するデザインを開発、製作する。

(2) 右開発、製作の報酬は、同原告から被告に対して提出される見積りを被告が承認することによって決定され、被告が承認した金額が同原告に対して支払われる。

(3) 同原告が開発、製作したデザインについての工業所有権の出願は被告の名において行う(この場合、同原告の行うデザインから生ずる工業所有権は意匠権であることが通常であった。)。

このような同原告と被告との関係から、同原告は、様々な被告の製品のデザインを請け負っていたが、製品の内部機構の開発を行ったことはなかった。また、被告の注文を受けることなく、同原告が考案したデザインなどを被告に持ち込むこともなかった。

(二) 平成四年四月ころ、原告Aは、原告ソルクス担当の被告従業員であったEから、雑談の中で、被告のライバル会社である株式会社任天堂の実用新案権の侵害を回避するようにゲーム機のコントロールキー装置の改善を検討中だが苦慮している旨を聞いた。このころ原告ソルクスでは、ゲーム機のコントロールキー装置全体のデザインを被告から請け負っていたが、右Eの発言を聞き、原告Aは、自発的に、コントロールキー装置の内部機構の開発を原告ソルクスで手がけてみようと考え、原告ソルクスの従業員にも意見を求め、自ら製図して図面を書き上げた。また、図面完成後には、プラスチックモデルを取引業者に作成させ、試作品を完成させた。同試作品の特徴は、いわゆるドーム型というもので、別紙図面のように、指で押さえるパッド部分の下に、半球状のドーム部が球面をパッド側に向けて設けてあり、そのドーム部の下に接点ゴムが、その下に基板がそれぞれ設けてあって、パッド部分を指で上下左右に押さえると、その動きに従って接点ゴムの接点押圧部が基板に接して、導電するというものであった。後に特許出願された(一)の特許権の特許請求の範囲請求項一(補正前のもの)は、「所定の同一円周上に対称に配置された少なくとも一対の電気接点部を有する配線基板と、配線基板の各電気接点部の直上に配置された導電部を有し、押圧力を受けて弾性変形することにより導電部を電気接点部に接触させて電気接点部を導通させる導通用弾性部材と、配線基板の電気接点部側の表面を被覆する表ケースと、表ケースから露出するキー部、並びに、導通用弾性部材に接触し該導通用弾性部材を押圧可能な接点押圧部からなるパッドと、を備えたコントロールキー装置において、前記表ケースが前記円周の中心線と同軸の貫通穴を有するとともに、該貫通穴の放射外方に配線基板側で凹になる球面上のドーム部を有し、パッドのキー部及び接点押圧部が表ケースの貫通穴を通して連結されるとともに、キー部がドーム部の外表面に摺接し、接点押圧部がドーム部の内表面に摺接することを特徴とするコントロールキー装置」というものであった。原告Aが開発した本件発明は、ドーム部とキー部との間にワッシャーを入れて隙間を設け、キーの動きをスムーズにした点が特徴であった。

(三) 原告Aは、最初に設計図面を平成四年五月上旬末ころEに見せて同原告のアイデアについて説明した。さらに、同月下旬ころから六月にかけてのころにはこの図面をプラスチックモデル化したものを、同年六月二二日の少し前ころには、新しい図面とプラスチックモデルをEに見せて説明した。これらはいずれも被告から依頼されたものでなく、原告Aが自発的に行ったものであった。これら図面やプラスチックモデルを見たり、手に取ってみたEは、その動きがよいことから、有力なアイデアの一つとして、被告において同年六月二二日に開かれるコントロールキー装置を決定するための会議で、これを提示することとした。また、何度もこのプラスチックモデルを分解してそのアイデアを研究した。

(四) このように、原告Aは被告のためにコントロールキー装置の開発に取り組んでいたが、同原告は、この間の同年六月八日ころ、Eの紹介で、被告の製品設計部長Gと面談し、コントロールキー装置開発についての協力を依頼されたことがあった。その席上、同部長が、一般論として、大企業と下請けの中小企業間の購買契約の不合理さや、ロイヤリティが下請企業にとっては有利だが、大企業の側では、会社の基本方針としてそうすることもできない旨の話をした。これを聞いて同原告は、同部長が、同原告にコントロールキー装置についてはロイヤリティ方式で契約するよう勧めてくれたものと考えた。また、この席上、コントロールキー装置発明の対価について、具体的な話はなかった。

(五) 同年六月二二日、被告では、実製品として開発するコントロールキー装置を決定するための内部会議が開かれた。この席上、原告Aの開発したドーム型コントロールキー装置は、他の方式であるボール型(原告Aの開発したコントロールキー装置におけるドーム型の部分がボール型になっているもの)などとともに検討対象に上り、ボール型などとともに採用が決定された。

2  (一)の特許権の特許出願

原告Aの開発したドーム型コントロールキー装置は、前記会議において高い評価を受け、特許権として出願されることが決定された。当時被告においては、前記1記載のように、コントロールキー装置について、株式会社任天堂の実用新案権の侵害を回避するようにゲーム機のコントロールキー装置の改善を検討中であり、その開発を急いでいたことから、直ちに特許出願を行うこととした。前記会議の直後から、担当の弁理士事務所において出願の準備が行われ、被告との間でファクスによる書類のやりとりがされた。この際に、特許出願する発明は、キー部とドーム部の間に隙間のないものになった(特許請求の範囲請求項一「キー部がドーム部の外表面に摺接し」)。Eは、原告Aにもファクスを送って出願内容を検討させたが、自らが特許権者になろうという考えがなかった同原告は、一応検討したという程度にすぎず、もともとのアイデアとの違いに気づくことはなかった。この間、コントロールキー装置開発の対価について、原告らと被告の間で、具体的な話はなかった。こうして、同年六月三〇日に、原告Aの発明に多少の手を加えて、前記争いのない事実3記載の内容で(一)の特許権の出願が行われた。原告Aの名は発明者として出願書類に記載された。同原告と並んで、被告の若い担当従業員であるCの名が発明者として記載されたが、これは被告が出願人となる特許であるからというにすぎず、このころまでに同人が本件発明の創造に関与したことはなかった。もっとも、原告Aも、図面とプラスチックモデルを被告に提出した後は、本件発明品の改良や製品化等について被告と協議するというようなことはなく、そのような作業は被告(主としてEや右C)とその下請業者であるスギヤマエレクトロンの担当者により行われた。

特許権(一)は、被告のゲーム機「メガドライブ」の後継機として販売されるゲーム機(後に「メガドライブ2」という名称で販売されたもの)に用いられるコントロールキー装置として実製品化することが予定されていたところ、メガドライブの販売実績が約三〇〇〇万台であったことから、右後継機の販売台数も二〇〇〇万台ないし三〇〇〇万台となるものと予想されていた。

3  (一)の特許権の出願後

(一) (一)の特許権が出願された後も、原告A及び原告ソルクスと、被告との間で、コントロールキー装置開発の対価に関する話合いはされなかった。平成四年七月末ころ、(一)の特許権とは別の用件で、原告AとEが出張した際、同原告はEに、右装置開発の対価についてはロイヤリティを受け取りたい旨話した。これを聞いたEは、この件の対価についても、従前の取引と同様、デザイン料の支払で足ると考えていたことから、同原告の意向がこれと異なることにあわて、この対価に関する問題を、被告の知的財産権担当部に引き継ぐことにした。これを受けて、同部では、この問題を検討し、(一)の特許権を原告ソルクスと被告との共同出願とすることでこれに対処しようとし、同年九月ころ、その内容の契約書案(甲四。被告と原告ソルクスを契約当事者としている。)を作成するなどした。同年一〇月ころには、Eの仲介により、被告の知的財産権担当部門の長で理事であったFが原告Aと面談したが、同席上での右Fの話は、ロイヤリティを受け取りたいという原告Aの意向を、抑えようとする内容のものとなった。この(一)の特許権を原告ソルクスと被告の共同出願とする案は、対価に関する条項が規定されておらず、対価が同原告に支払われることが明らかでなく、他方日本と海外での共同出願のための費用の半分を負担させるものであり、かつ原告ソルクスがこの発明を実施することは現実性がないことから、原告ソルクスないし原告Aにとって何ら実益のないものであった。これらのことから、この案は成案とならず、この件の対価に関する話合いは具体的な進展を見なくなった。

なお、同年七月ころ、本件各発明の実製品化を進める中で、担当の被告従業員Cとスギヤマエレクトロンの従業員Dが、キー部とドーム部の間に隙間を設けた方がよいことに気付いたが、(一)の特許権は前記のようにこの部分に隙間のないものとして出願されていたので、同年一一月になってから、隙間を設けた型を新たに特許出願した。これが、(二)の特許権である。その後、(一)の特許権の出願については、出願後の補正によって、特許請求の範囲請求項一が、「中立位置から互いに交差する方向に少なくとも傾動可能に配置された操作部と、前記互いに交差する方向に対応して配置された二対の電気接点部が形成された基板と、前記電気接点部のそれぞれに対応して配置され、前記操作部の傾動操作に応答して対応する電気接点部に接触することにより閉じるスイッチを構成する二対の可動電極部と前記操作部、前記基板及び前記可動電極部を囲うハウジング部とを有するコントロールキー装置であって、前記ハウジング部は前記二対の電気接点部が形成された基板上部に位置し、前記ハウジング部と一体的に形成され、前記基板表面から離間した位置に懸架して保持される凸部を有し、前記凸部は中央部に形成された開口部と前記開口部を取り囲んで形成された凸球面形状部を有し、前記操作部は前記凸部上部に配置されるキートップ部と前記キートップ部に加えられた操作力を前記可動電極部に伝達する応力伝達部材とを有し、前記応力伝達部材は前記開口部を通して前記キートップ部と剛体的に接続され前記操作力に応答し前記キートップ部の傾動とともに前記可動電極部のうち少なくとも一つを下降させるごとく構成され、前記キートップ部に加えられた操作力に応答して前記操作部を中立位置から互いに交差する方向のうちの少なくとも一方向に傾動するように構成したことを特徴とするコントロールキー装置」というものになった。すなわち、隙間のあるドーム型と隙間のないドーム型を包含する「隙間の有無を問わないドーム型」の出願とされ、(一)の特許権の技術的範囲は、(二)の特許権の技術的範囲をも包含することとなった。

(二) その後、原告Aと被告との間で、コントロールキー装置開発の対価に関して話合いが進展しなかったことから、長期間にわたって原告ソルクスないし原告Aに対する対価の支払がされないままとなった。このためEは、自己の判断で、原告Aに、開発をするのに掛かった実費の部分の請求だけでもするよう連絡した。それに対し、平成六年三月一七日ころに、原告ソルクスから、被告に対し送付されてきた書面(甲二一。原告ソルクス名義で作成されている。)には、「一 アイデア考案(四名)、周辺特許考案 ¥3、024、000、二 構造図面(含改良、修正) ¥680、400、三 ワーキングモデル修正(概略検討モデル、精密モデル3回)¥840、000」と記載されていた。

(三) 本件各発明は、メガドライブ2という名をつけられたゲーム機のコントロールキー装置として製品化され、右製品は平成四年から平成五年ころまでの間に国内向け製品として約五六万七〇〇〇個が生産されたが、それ以外に、海外向けメガドライブ2などのコントロールキー装置や、その後のセガサターン(全世界向け)のコントロールキー装置にも用いられ、結局、平成四年から同一〇年までの間に、本件各発明の実施品であるコントロールキー装置は、合計一六五四万個が生産された。右コントロールキー装置はスギヤマエレクトロンから被告に納入されたが、その納入価格は一個当たり五七一円五〇銭であった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  検討の結果

右認定事実を前提に、検討する。

1  特許を受ける権利の発生

本件発明の発明者は、原告Aであり、共同発明者として名を連ねるCは本件発明に関与していないことは、右一認定のとおりである。また、(二)の特許権の基となった発明についても、もともと原告Aが発明した時点ではこのようにキー部とドーム部との間に隙間があるものであったものが、(一)の特許出願の段階で隙間のないものに修正されたのであるから、原告Aの発明にかかるものというべきである(少なくとも、本件において原告ソルクスないし原告Aが被告に請求し得る対価の認定に当たっては、これら二つの発明を区別して論ずる実益はない。したがって、以下の検討においては、(一)(二)の特許権を併せて論ずることとする。)。

右によれば、本件各発明の特許を受ける権利が、発明者である原告Aに原始的に帰属していたことは、明らかである。ところで、原告Aは原告ソルクスの代表者であり、本件各発明は、原告Aが工業デザインをその事業目的とする原告ソルクスの業務の一環として行ったものであり、原告ソルクスの業務範囲に属するものであるから、職務発明というべきである。そして、弁論の全趣旨によれば、原告ソルクスには、その従業者等がした職務発明につき特許を受ける権利を使用者である原告ソルクスに承継させる旨を定めた内規が存したと認められるから、本件各発明の特許を受ける権利は、原告Aによる発明と同時に、右内規により同原告から原告ソルクスに承継されたものと認められる。

2  特許を受ける権利の譲渡行為の有無

右1認定のとおり、本件各発明の特許を受ける権利は、発明と同時に原告Aから原告ソルクスに承継されたものと認められる。しかるに、(一)の特許権の出願に当たっては、発明者が原告Aとされ、出願人が被告とされていることからすれば、右1認定の過程を経て、(一)の特許権の出願時ころ、原告ソルクスから被告に対し、(一)(二)の特許を含めて、特許を受ける権利の譲渡がされたものと認められる。もっとも、譲渡代金については、右一認定のように、このころにはまだ十分に双方の考えがまとまっておらず、取り急ぎ譲渡を行って特許出願を先行させたものと認めるのが相当である。

3  譲渡代金の定め

右2認定のように、(一)の特許権の特許出願に先だって本件各発明の特許を受ける権利の譲渡がされたころには、原告ソルクスと被告との間では、譲渡代金をいくらとするかについては、双方の考えは十分にまとまっていなかったものと認めるべきである。ところで、前記一認定のとおり、平成四年六月の(一)の特許権の出願時において、その発明はメガドライブの後継機(メガドライブ2)に用いられるコントロールキー装置として実製品化することが予定されていたところ、メガドライブの販売実績が約三〇〇〇万台であったことから、右後継機の販売台数も二〇〇〇万台ないし三〇〇〇万台となるものと予想されていたこと、同年七月ころ、原告ソルクスから被告に対して特許を受ける権利の譲渡の対価としてロイヤリティをもらいたい旨の意思表明があり、被告は、対価が高額になりそうなことを予期してあわてたが、後継機のコントロールキー装置の設計作業を止めることなく、続行したこと(このころは、右コントロールキー装置については、設計図面を作成中の段階であり、いまだ生産準備には入っていなかった。)、右以降、被告では知的財産権部が本件を担当するようになり、原告ソルクスと被告が特許を共同出願する内容の契約書案が作成されたこと、これには対価について全く記載されていないことなどを、総合的に考慮すると、原告ソルクスにおいては、本件各発明の実施品である前記コントロールキー装置について予想される将来の売上高や販売台数等を基礎として譲渡代金が算定される旨の意思を有していたものであり、被告においては、原告ソルクスが右のような意思を有していることを知りながら、前記コントロールキー装置の設計作業を続行し、結局その製造を行っているのであるから、譲渡代金が右のような方法により算定されることにつき、黙示の承諾をしたものと認めるのが相当である。そうすると、前記認定のとおり、本件各発明の実施品である前記コントロールキー装置については、下請業者から被告への納入価格が約五〇〇円となること(被告は、既にメガドライブのコントロールキー装置の生産をしていたのであるから、本件各発明の実施品であるコントロールキー装置の購入価格については当然予想できたはずである。)、その販売台数が二〇〇〇万台ないし三〇〇〇万台となることが予想されていたのであるから、これらの点に、前記認定のような右コントロールキー装置の販売に至る経緯における諸般の事情を併せて考慮すれば、本件各発明の特許を受ける権利の譲渡の対価として原告ソルクスと被告との間で黙示に合意されていた額としては、五〇〇〇万円と認めるのが相当である。

この点につき、被告は、本件発明についても、原告ソルクスが従前被告から請け負った他の工業デザインと同様、買い切りのものであり、その額は四五四万四四〇〇円を超えることはないと主張する。しかしながら、原告ソルクスが被告のために創作したものは、専ら意匠の分野に属するものであって、発明や考案はなかったこと、本件各発明については、被告から具体的な注文があって原告がそれに応じて請け負って仕事を完成させたものではなく、原告Aにおいて自発的に発明し、原告ソルクスの側で被告に売り込んだものであって、従前の原告ソルクスと被告との間の取引とは全くその形態が異なること、被告において前記のような契約書案が作成されて原告ソルクスに示されていること、その後平成六年三月に至って原告ソルクスが被告に四五四万四四〇〇円の請求をしたのは、Eから、とりあえず掛かった実費の請求をするようにとの指示があったことから、同原告がこれに応じてとりあえず掛かった実費の請求をしたというにすぎないことなどに照らせば、本件各発明については、従前の原告ソルクスと被告間の通常の取引条件に従って処理する意思を当事者双方とも有していなかったものというべきである。被告の主張は、採用できない。

三  結論

以上によれば、原告Aの請求は理由がなく、原告ソルクスの請求については、五〇〇〇万円及びこれに対する(一)(二)の特許権の特許出願の後である平成五年一月一日以降の商事法定利率による利息(商法五一四条、民法五七五条二項)の支払を請求する限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

<以下省略>

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